ある種の脳内麻薬物質が放出され痺れる瞬間のような感覚が

最近、アンプを新調してから、古いスピーカー(10年以上前に廃棄寸前のものを無料でもらったjaxonというナゾのメーカー製・高さ約60cm以上の3way)で音楽を聞く度、アンプのパワーに対して再生部門での力不足を感じるようになり、買い換え購入を検討していた。
で、オーディオショップとか中古屋、都心の量販店のオーディオコーナーとか廻って調べたら、今の流行は本棚に入るような小さい箱とか、5.1chとかのマルチチャンネルが主流。自分が漠然と思い描いていた、昔、学校の音楽室とかに鎮座していた大きな箱系の大きなスピーカーが、カタログから姿を消している。どうも自分が欲しいのは、そういう古い日本製スピーカーだった。で、相場を調べていくと、ネットオークションで購入したほうが「リスクはあるが価格は圧倒的に安い」ということまで判明。
ついでに、スピーカーを巡る日本の1970〜80年代のオーディオブームとか、デザインとか、素材、耐久性、設計思想、会社の倒産・廃業などの情報を、寝る間を惜しんで調べたりして、非常に面白かった。
耐久性やメンテナンスのことなども含め、具体的に欲しい機材を絞り込んで、オークションにもとりあえず適当な値を入れて、生の相場の感触を学習した上で、一度、あと5分で希望の商品が、それも相場からいえば(外観は汚れていたがそれにしても)ずっと安い、2/3程度の価格で買えるところまで行った。
その時、ちょっと悩んだんですね。もうすこし指し値を上げて、確実に確保してしまうべきだと。
しかし、もう一人の自分が、この「オーディオの神秘について調べている状態が、購入と同時に終わってしまうこと」に関するいちまつの寂しさを、感じていた。この、なんだかよくわからない物欲にとりつかれた状態が、終わってしまうことの、寂しさ。
そのちょっとしたスキに、そのスピーカーは、たった500円を上乗せした他の人に、ほいっと横取りされてしまった。
これ、これ、これ。このなんだか胸の中のよくわからない苦しい感じ。ほんのちょっと前の、過去の決断力への反省。そして、なぜか、安堵。
この恋愛にも似た、ある種の脳内麻薬が体中を駆けめぐるようなジーンとする感覚。シビレました。ギャンブルでやたら負け続けるクセがある人って、これが楽しいのかな?
オーディオファンの間では「妻や愛人をとっかえひっかえするのは犯罪行為だが、スピーカーやアンプだったら許される。楽しもう」というような言説が出回っているようだ。あいにく、自分は、たぶんある程度以上のレベルの機材をいくつも所有したり、とっかえひっかえして聞くことはないと思いつつ、非常に納得がいく。なぜならば、アンプを新調したのでスピーカーを交換したくなったのに、こんどはまたもっと高性能なアンプが欲しくなってしまったりもしたからだ。結論から言って買わないけど。
という訳で、この項続きます。