逃げ場

ただね。最近の日本のホラーって、「リング」もそうだったけど、観る側にとって逃げ場がなさ過ぎるかな、と。
古典的な怪談・因縁話は、だいたい因果の存在を生者に理解されると、成仏・昇華される。呪いに関しても、呪われる側にそれなりの理由がある。不幸にして先祖の悪行やそしりを、子孫が受け継ぐ場合もあるが、それもある意味「理屈」ではある。
また、ハリウッド映画であれば、対立すべき敵はモンスターでもゴーストでもエイリアンでもトレマーズでもなんでも、知恵と勇気と運があれば、主人公側になにかしらの救済の余地がある。もちろん運、不運はあるが、基本的に「人生は自分で切り開くもの」である。しかし「呪怨」も「ノロイ」も、偶然にその禍々しいものに触れてしまい、いったんあちら側からの呪いの対象に収まったら、どんなに利口で知恵があっても誠実でもバカでもなんでも、逃げだす余地が全くない。
つまり救済がない。