アスファルト
かつてフランスで学生運動盛んな頃、パリの道路の敷石について「めくってしまえば、道路は砂浜にもどる」というメッセージがあった。
東京のアスファルトだって、ひっぺはがせば、赤土や古い湿原の記憶をもった大地が現れる。
もちろん現実の自分は、自動車大好き、アスファルト大好き、泥道未舗装路はダメぜったい勘弁してくださいよ〜というアーバン現代文明大好き人間であるが、なんとなく、時々、アスファルトやコンクリートの建物をブチ壊して、古い土壌を見てみたいというプチ・ラッタイド(反産業革命・反機械的思想)な欲求が時々起きる。
また、いろいろな場所で、廃墟になって緑につつまれた未来の風土や、あるいは人間が自然に手を下す前、数億年前〜数十年前の土地の姿、風景について、イメージを喚起する瞑想をしてしまう。
なぜだろう?
眠った土地を叩き起こせ
叩け、殴れ、叩け、殴れ
地面の声に耳をかたむけて
アスファルトをめくれ
身震いして、アスファルトをめくれ
眠っていた地面の声に、耳をすまして
ただ記憶する、いきづかいに
ただ感じる者として
草花の種は眠らずに時を待っていた
落ちていくスピードを見守るふりをしながら
クラックをひろげて
身震いし、アスファルトをめくれ
眠った土地を叩き起こせ
掘れ、叩け、砕け、叫べ
ただ一人、感じる者として
地中の王に会いに行くために
(この項続く)